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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)314号 判決

原告

マメトラ農機株式会社

被告

明石化成工業株式会社

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求める裁判

原告は、「特許庁が昭和50年審判第10543号事件について昭和55年9月16日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第1、2項と同旨の判決を求めた。

第2当事者の主張

(原告)

請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第1088316号実用新案(以下、この考案を「本件考案」という。登録出願日・昭和43年11月2日、出願公告日・昭和47年7月14日、設定登録日・昭和50年7月19日)の実用新案権者であるところ、被告は、昭和50年12月2日右実用新案登録を無効とすることについて審判を請求した。この請求は、昭和50年審判第10543号事件として審理されたが、昭和55年9月16日「登録第1088316号実用新案の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年9月27日原告に送達された。

2  本件考案の登録請求の範囲の記載

底面に複数個の下面が上面より小径なテーパー状の切欠を穿設し、箱体に均一の厚さの育成土壤を入れ、これを柔かい苗代の上に置くことを特徴とする育苗器。(別紙第1図面参照)

3  審決の理由の要点

1 本件考案の要旨

本件考案の登録請求の範囲の記載は前項のとおりであるが、

「育苗器」というときは、育成土壤を入れない育苗用の「容器」自体を指称するのが当業界の常識であり、普通一般に、この種の物品を取扱う業界で取引対象となるのは上記の「容器」そのものであつてこれに育成土壤を入れた状態で「育苗器」という物品が取引されている事実はないものと認められるから、上記登録請求の範囲中に記載されている「均一厚さの育成土壤を入れ」はその使用の態様を示したものにすぎず、本件考案の構成要件ということはできない。

また同様に、「これを柔い苗代の上に置く」も本件考案の用法を示すものであるから、これが本件考案の構成要件ということができないものである。

2 引用例の記載内容

請求人が引用した実公昭42―7450号公報(第1引用例)特公和43―234540号公報(第2引用例)および全国教育図書株式会社発行「理科実験図解大事典、生物実験編」(昭和36年2月奈良県立図書館受入れ)第118頁~第119頁(第3引用例)には次のような考案が図面とともに記載されていることが認められる。

第1引用例

育苗溝の両側に仕切壁2を有し、底部には苗根を下方に伸長させることのできる程度の孔2を配設した箱型の育苗枠であつて、この各育苗溝1内に土壤を入れて播種を行い、苗が少し生長すると、この育苗枠を土壤面4に載置して育苗を行う。

土壤面に移されると、苗の根毛は孔3から下方に伸長して土壤面に伸びこれから養分を吸収する。このようにして、列状に育苗されたものは田植機用苗として極めて便利である。(別紙第2図面参照)

第2引用例

下方に行くに従つてその径が小さくなるようなテーパー状の内壁を有する無底の筒体2を多数配設した苗框1を苗床に平置し、筒体2に細土を入れ、次に種子を蒔いて覆土し又は種子と適量の土と混じて筒体2に入れ発芽発育させた後、苗框1の下側で苗根と土を切り離し、苗框1を上下転倒して筒体2から土つき苗一株づつを押し出すようにした育苗枠。

(別紙第3図面参照)

第3引用例

仕切壁を有しない箱内に土を入れこれを平らにならして均一の厚さとなし、この土中に播種して育苗すること。

3 両者の対比

本件考案と第1引用例とを対比すると、両者は、底面に複数個の切欠を穿設した箱体からなる育苗器、で一致し、

(1)  底面に穿設した切欠が、本件考案では下面が上面より小径なテーパー状であるのに対し、第1引用例のものはこの点が明らかでない。

(2)  本件考案は箱内に仕切壁を有しないのに対し、第1引用例のものは仕切壁を有している、

の2点において相違している。

そこで、上記相違点にていて審究すると、(1)の点については、育苗器において育苗すべき空間を上方から下方に行くに従つて小径のテーパー状とし、このテーパーを利用して育成した土付苗を取り出し易くしたものが第2引用例に記載されているから、このような技術を第1引用例のものの底面の切欠部に適用することは当業者であればきわめて容易になし得るところであつて格別の考案力を要するものではなく、(2)の点については育苗器として仕切壁のないものを用いることは第3引用例にも見られるとおり周知の事実であるから、第1引用例のものにおいてその仕切壁を取除くようなことは、当業者であれば必要に応じ前記第3引用例の記載に基づき、きわめて容易になし得る程度のものにすぎない。

4 むすび

以上のとおり、本件考案は第1ないし第3引用例より当業者がきわめて容易に考案することができたもので実用新案法第3条第2項の規定により登録することができないものであるから、これを無効にする。

4 審決の取消事由

1 要旨認定の誤り

審決は、本件考案の要旨を、その登録請求の範囲の記載のとおりであるとしながら、そのうちの「均一厚さの育成土壤を入れ」との部分及び「これを柔かい苗代の上に置く」との部分を、本件考案の構成要件から除外して、本件考案の要旨を認定している。

しかしながら、登録請求の範囲には、考案の構成に欠くことができない事項のみが記載しれているのであるから、登録請求の範囲に記載されている「均一厚さの育成土壤を入れ」及び「これを柔かい苗代の上に置く」との部分を、審決のように、単に使用の態様や用法を示すという理由だけで、考案の要旨から除外するのは誤りである。

物品の形状、構造又は組合せに係る考案のみを保護の対象とする実用新案法の下においても、物品の形状、構造等を特定するために必要な場合には、構成要件として方法的記載も容認さるべきである。現に、そのような登録実用新案の例も数多く存する(甲第7号証)。

本件考案においては、箱内に「均一の厚さの育成土壤を入れ、これを柔かい苗代の上に置く」という記載により、箱体の底面に穿つ切欠は、箱体内に入れた育成土壤が洩れ出ない程度と大きさで、しかも、全部の苗が生育するに伴いその根が切欠を通つて苗代内に伸長するべく、切欠は底面全体に多数平均に設けた構造であることを特定している。

また、籾は箱体内の土壤のみで生育するのではなく、箱体内の育成土壤は苗の根がこの土壤により箱体内で互いにからみ合つて板状に根を連ねるさめのものであるから、その量は僅少で、別紙第1図面の第1図の実施例に示すとおりの深さの浅い箱体であることを特定している。

そして、成苗になるための土壤は、箱体を置く柔かい苗床の土壤である。

このように、登録請求の範囲に記載されている「均一厚さの育成土壤を入れ、これを柔かい苗代の上に置く」ことは、本件考案の構造を特定するもので、構成要件の1つであるから、これを除外して本件考案の要旨を認定した審決の判断は誤りである。

2 相違点の看過

審決は、本件考案と第1引用例を対比して、(1)底面に穿設した切欠の形状、(2)仕切壁の有無の2点のみに差異があるとしている。

しかしながら、本件考案においては、箱体内に均一の厚さの育成土壤を入れることを構成要件の1つとしているところ、第1引用例のものでは仕切壁があるため枠内に均一の厚さに土壤を入れることができないのであつて、両者はこの点でも相違しているのである。審決は、この相違点を看過している。

3 対比判断の誤り

(1)  審決は、第2引用例に記載されている、上方から下方に行くに従い小径のテーパー状の筒体2(別紙第3図面参照)に基づき、当業者であれば極めて容易に本件考案のテーパー状の切欠を考えつくことができるとしている。

しかししながら、第2引用例に記載の筒体2は、これに土を入れ、種を蒔き、筒体2内で苗を発芽生長させるものであるから、本件考案の切欠よりもむしろその箱体底面の4周を囲む側壁に相当し、右筒体2に上向きのテーパーを付けることは本件考案の底面を囲む箱体4周の側壁に上向きの傾斜を付けたものに相当する。

したがつて、第2引用例の筒体2から、本件考案の底面1に穿つ複数個の切欠にテーパーを付けることは、極めて容易に考案できる筈がなく、これに反する審決の判断は誤りである。

(2)  審決は、育苗箱として仕切壁のないものを用いることは第3引用例により周知であるとしているが、第3引用例はいつ発行されたか不明の刊行物で証拠力ががない。また、たとえこれが本件考案の登録出願前公知の刊行物であるとしても、第3引用例に記載の育苗箱は、箱内の土壤だけで育苗するものであるから育苗に充分な量の土壤を入れる必要上、箱体の深さが深く、本件考案の深さの浅い育苗器とは箱体の構造を異にする。その上、第3引用例の育苗箱は一本づつ分離独立した苗を育成する目的のものであるのに対し、本件考案の育苗器は前後左右に隣り合う苗の根がからみ合い、全体に板状に連なつたまま取出すことを目的とするもので、両者は考案の目的においても著しく相違する。

したがつて、このように、目的も構通も異なる第3引用例のものに基いて、第1引用例の仕切壁を取除き本件本件考案のように構成することは考えつける筈がないから、これと反する審決の判断は誤りである。

(被告)

請求の原因の認否と主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4について

1 その1の主張は争う。

原告は、登録請求の範囲に記載されている「均一の厚さに育成土壤を入れ、これを柔かい苗代の上に置く」との文言が、切欠の大きさ、切欠の数とその分布状態及び箱体の深さを構造上特定したものであると主張するが、右の文言からは、右の事項を特定したとは到底読みとれない。それなら、その構造を、原告が考えているように、その通り具体的にはつきりと登録請求の範囲に表現すべきである。

原告は、甲第7号証を挙げて構成要件として方法的記載も容認さるべきであると主張するが、それらの例は、たまたま、その記載不備の内容が訴訟で争われなかつたまでのことで、これがそのまま実用新案法が定めている、容認されてよい登録請求の範囲の記載の仕方に適つたものということにはならないし、また、これを例証として、物品の形状、構造又は組合せに係る考案を保護の対象とする実用新案について、このような方法的な記載が容認されてよいという根拠にもなり得ない。

仮に、前記文言が原告のいうように解釈できるとしても、育苗箱のこのような構造ないし用法は、第1引用例にはつきりと記載されている。すなわち、第1引用例には、「合成樹脂材によつて底部に苗根を伸長させることができる程度の孔を設け」、「育苗の際には、上記各育苗溝1内に土壤を入れて播種を行なう。苗が少し生長すると、この育苗枠を土壤面4に載置して育苗を行なう。土壤面に移される苗の根毛は孔3から下方に伸長して土壤面に伸びてこれから養分を吸収する。」と記載されているのであつて、この記載に照しても、その内容は登録出願前から公知であつたものである。

2 その2の主張は争う。

登録請求の範囲における「箱体内に均一な厚さの育成土壤を入れる」という文言が、物品の構造を特定する構成要件の一つとは解されはい。蓋し、「育苗器」というときは、育成土壤を入れない育苗用の「容器」自体を指称するのが当業界の常識であり、普通一般に、この種の物品を取扱う業界で取引対象となるのは右の「容器」そのものであつて、これに育成土壤を入れた状態で「育苗器」という物品が取引されていることはないいからである。

なお、原告は、第1引用例のもののような仕切壁のあるものは枠内に均一の厚さに土壤を入れることができないととしているが、その主張は失当である。

3(1)  その3の(1)の主張は争う。

本件考案において、孔を上拡がりにしたことによる作用効果は、苗の根部が孔につかえることなく、苗を容易に取出せるという点にあるが、第2引用例のものも同一の作用効果を奏することはその第4図を見れば明瞭である。そして、この引用例のものも、「無底の筒体2多数を渦巻状に並列形成した苗框1を予め調整した苗床に平置し、筒体2に細土(い)を入れ、次に種子(ろ)を蒔いて覆土し、又は種子と適量の土とを混じて筒体ち入れ、適切に管理すると、発芽発育」するとの記載から明らかなように、同じ育苗の技術分野に属するものであり、かつ、その播種ならびに育成方法も、本件考案のものと実質的に異なるところはないから、このように、苗を孔につかえることなく取出すためのテーパー孔を育苗箱の底面に適用する程度のことは、当業者であれば極めて容易に思い付くことである。

(2)  その3の(2)の主張は争う。

第3引用例は、仕切壁のない育苗箱の周知例の1つとして挙げられたものあるが、このような育苗箱も、土壤の質や量、苗の種類によつて、苗の根がからみ合つた状態で苗全体を板状に掬い出せないことはないことは、その構造上明らかである。

また、原告は、このものは箱体の深さが深いというが、このものよりも箱体の深さが浅くて仕切壁のない育苗箱も乙第3号証によつて本件考案の登録出願前から周知である。

したがつて、原告の主張は理由がない。

第3証拠関係

原告は、甲第1号証にいし第5号証(第6号証は欠番)、第7号証の1ないし8、第8号証の1ないし15、第9号証の1ないし16、第10号証及び検甲第1号証を提出し、甲第8号証の1ないし15は本件考案の育苗器実施品で籾を育成した写真、検甲第1号証は本件考案の育苗器実施品であると述べ、乙第4号証の1ないし4がその主張の如き写真であることは不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

被告は、乙第1号証及び第2号証の各1・2、第3証、第4号証ほ1ないし4を提出し、乙第4号証の1ないし4は奈良県御所市楢原所在の和田順彦宅の庭先で同人保有の育苗器と均し板を撮した写真であると述べ、甲第8号証の1ないし15がその主張の如き写真であることは不知、検甲第1号証がその主張の如き実施品であることは認める、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 本件考案の要旨認定について

原告は、審決が本件考案の登録請求の範囲に記載されているところの「均一厚さの育成土壤を入れ」及び「これを柔かい苗代の上に置く」との部分を構成要件から除外しているのは、本件考案の要旨認定を誤つたものであると主張する。

原告の右主張は、登録請求の範囲における前記文言の記載によつて、本件考案における箱体が深さの浅い箱体であること及び箱体の底面に穿つ切欠が、箱体内に入れた育成土壤が洩れない程度の大きさで、かつ、その切欠は底面全体に多数平均に設けられた構造であることを特定している、というのである。

よつて検討するに、

(1)  成立に争いのない甲第2号証によれば、本件考案の明細書には、「発芽した苗の根部が育成土壤内を伸長し底面1に穿設した孔2を通つて育苗器A外へ伸長し、柔かい苗代の土壤中に入つて養分を吸収し、健康な苗となる。」(第1欄第24行~第37行)、「孔から延びた根は、即苗代内に伸長し、苗代内の養分を吸収して生育し、移動期には草丈も均一に延びた健苗が得られる。」(第2欄第16行~第18行)と「考案の詳細な説明の項」に記載されていることが認められるから、これらの記載は、本件考案の箱体外に入れられる育成土壤の厚さを或る程度特定することにつながり、育成土壤の深さについても説明しているものと解される。

しかしながら、本件考案が「育苗器」に係る考案であることは当事者間に争いがないところであり、「育苗器」というときは一般に、育成土壤を入れない育苗用の「容器」自体を指称するものと解するのが社会通念である。そして、本件考案を構成する箱体にいかなる厚さの育成土壤を入れるかは、箱体の構造から必然的に定まり、又はそれに基づいて必然的に規制されることではなく、その育苗器を使用する者の選択にまかされる事項であり、「均一厚さ」といつても、それは通常、箱体内に入れる土壤の深さが箱体内のどの部分においても一定であるという程度の意味にしか解されないのであるから、前記「考案の詳細な説明の項」の記載を考慮に入れてみても、原告の指摘する登録請求の範囲に記載の文言が、本件考案における箱体が深さの浅い構造のものであることを特定しているとすることはできない。

(2)  次に、原告は、前記登録請求の範囲に記載の文言が、本件考案における箱体の底面に穿つ切欠が、箱体内に入れた育成土壤が洩れない程度の大きさで、かつ、その切欠は底面全体に多数平均に設けられた構造であることを特定しているというのであるが、本件考案の箱体の底面に穿設した切欠の大きさが、育成土壤が洩れない程度の大きさでなければならないとするには、その前提として、箱体に育成土壤を入れた後に箱体を持上げて苗代まで移動する使用方法が限定されていなければならないところ、本件考案にそのような限定は付されていないし、育苗器を「柔かい苗代の上に置く」ことと箱体の底面に穿設した切欠の分布状態とは理論上何らの関りも有しないことであるから、原告の右主張は理由がない。

結局、登録請求を範囲に記載の前記文言は、何ら本件考案の構成を限定するところはなく、単に本件考案(育苗器)の使用の態様ないし用法を示したにすぎないものというべきであるから、審決の要旨認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

2 相違点の看過について

原告は、審決が、本件考案と第1引用例のものとの対比において相違点を看過していると主張するが、この主張は、本件考案が「箱体内に均一の厚さの育成土壤を入れる」ことを構成要件の1つとしていることを前提とするものである。

しかしながら、前記1の項に既述のとおり、「箱体内に均一の厚さの育成土壤を入れる」ことが本件考案の構成要件の一つを構成するものとは認められないから、原告の主張はその前提を欠くものというべく、理由がない。

3  対比判断について

(1)  原告は、第2引用例の筒体2は本件考案の箱体側壁に相当するものであるから、この筒体2から本件考案の底面1に穿つ複数個の切欠にテーパーを付けることは容易に考案できる筈がないと主張する。

よつて検討するに、前掲甲第2号証によれば、本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」の項には「孔2の下面が上面より小径なテーパー状に形成したので、苗の根部がこの孔2につかえることなく容易に育苗器より苗が板状に連らなつたまま取出せる。」(第2欄第2行~第5行)と記載されていることが認められるから、本件考案の底面1に穿つ複数個の切欠にテーパーを付けた構成は、切欠から苗の根部を分離し易くするためのものと推認される。

ところで、成立に争いのない甲第4号証によれば、第2引用例の「発明の詳細な説明の項」(第2欄第5行~第7行、同第20行~第22行)及びその図面(第3図及び第4図)には、土つき苗が苗框1の開放側に開いた側壁よりなる筒体2に納まつたまま上下を逆にされ、順次筒体から下方に押出され、自重で落下する旨の記載があることが認められるから、第2引用例には、筒体2を形成する周壁が苗の押出し方向に広がつて傾いていること、すなわちテーパーを付けられていることが土つき苗を苗框から分離し易くしていることを示しているということができる。

そして、筒体の周壁を押出し方向に広げてテーパーを付けることが、単に第2引用例に示されているだけではなく、一般に、型抜きを容易にする手段として多くの技術分野において周知慣用の技術に属することは当裁判所に顕著な事実であるから、本件考案の箱体の底面に穿設する切欠に右の技術を施す程度のことは、当業者にとつて極めて容易に考案をすることのできることというべきである。

審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

(2)  原告は、第3引用例がいつ発行されたか不明の刊行物で証拠力がないと主張するけれども、成立に争いのない甲第5号証と同乙第2号証の1・2によれば、第3引用例は、全国教育図書株式会社発行にかかる「理科実験図解大事典、生物実験編」で、昭和36年2月に奈良県立図書館に受入れられている刊行物であることが認められるから、本件考案の登録出願前に日本国内において領布された刊行物というに妨げなく、原告の右主張は当らない。

次に、原告は、本件考案と第3引用例のものとでは、構造及び使用目的、使用方法を異にするから、第3引用例に見られる技術的思想を第1引用例のものに施して本件考案のようにすることが考えつける筈がないと主張する。

しかしながら、本件考案において、箱体の深さを浅い構造にすることが考案の要旨に含まれているとは認められないことは、既述のとおりである。

そして、前掲甲第5号証によれば、第3引用例には、仕切壁を有しない箱内に土を入れてこれを平らにならして均一の厚さとなし、この土中に播種して育苗することと共に、原告指摘のように、1本づつ分離独立した苗を育成する使用目的ないし使用方法も記載されていることが認められるが、この第3引用例のものは、どの程度の深さの土を入れ、どのように播種、育苗するかの使用方法ないし使用目的については格別限定が付されている訳ではなく、右の「1本づつ分離独立した苗を育成する」旨の記載にしても、第3引用例に示されている育苗箱の構造からすると、そのような使用目的ないし使用方法でなければならないとするまでの趣旨のものとは解されない。

そうすれば、第3引用例に示されているところの、育苗箱として仕切壁のないものを用いることを適用して第1引用例のものにおいてその仕切壁を取り除く程度のことは、当業者であれば極めて容易になしうることというべきであり、審決の判断に誤りりはなく、原告の主張は理由がない。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 藤井俊彦 判事清野寛甫は転任につき署名押印することができない。石澤健)

〈以下省略〉

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